こどもが自然と集まる場所

本が大好きな編集者がつくる、遊び心満載の図書室 ── このあの文庫 vol.1

 

開かれたドア。「いつでも入っておいで」

 

少し肌寒い春の某日。このあの文庫を目指し、八重桜の花びらが舞い散る中を歩いて行きました。JR阿佐ヶ谷駅から南北へまっすぐのびる中杉通りから一本入ってしばらく歩いたところに、このあの文庫はあります。目印は、木の切り株を使った手作りの看板。

「どなたさまもどうぞ」と書いてあるけれど、「入っていいのかな?」と、はじめての人なら少しためらってしまうかもしれません。でも、開け放たれた門扉や玄関のドア、中から聞こえてくるこどもたちの笑い声が、「おいでよ」と言ってくれているようです。「こんにちは」とおそるおそる入ってみると、小宮 由さん・薫さん夫妻とこどもたちが元気な笑顔で迎えてくれました。

 

このあの文庫での過ごし方

 

道路から見ると半地下にあたる自宅の1階部分が文庫。中は、カラフルな四角柄のカーペットが敷かれた9畳の小部屋。入ってみると狭すぎず広すぎず、腰を下ろしてみると、本にぐるりと囲まれた小さな空間は、不思議と身体に馴染んで落ち着きます。本好きの子なら「わあ!」と歓声を上げて、本棚に近寄って、すぐに気になる本を求めにゆくことでしょう。大人も「ああ、これは懐かしい」と思わず手にとって見入ってしまいます。

 

開館日時は、土曜日の13時から17時まで。混み始めるのは15時頃で、閉館前は一番混雑します。「みんな一度来るとなかなか帰らないんですよ。途中でじゃあバイバイといって帰る子はほとんどいなくて、結局閉館までいるんです」と小宮さんは笑います。

 

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外で遊ぶことも大切にしているこのあの文庫。取材日には、かくれんぼをするこどもたちのはしゃぎ声が、文庫前の路地に広がっていました。

 

「大人の会員さんは自分が好きな本を借りていったり、工作が好きな人がワークショップを開いてくれたりします。ここを気に入ってくれているみたいでありがたいですよね。そういう人がだんだんと集まってくれるようになりました」

 

どんな本が好きかな、どんな気持ちかな。

 

家庭文庫とは、個人が自宅の一部と蔵書を開放し、近所のこどもたちに本を貸し出したり、読み聞かせなどをする、まちの図書室のこと。児童文学作家で翻訳家の石井桃子さんが1958年に始めた小さな図書室「かつら文庫」をはじめ、約60年の歴史がある家庭文庫は、それぞれの地域で愛されてきました。

 

「昔は図書館のある町が少なかったんですよね。だから、家庭で本を持っている人が文庫というかたちで地域の人に開放していたんです。今は図書館がいっぱいできて、借りたい本を近くで借りることができて、レファレンスもして、と充実してきた。でも、家庭文庫では、人とのつながりができる。そこが一番のよさかなと思います」

 

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「お店と違って借りたら返すから、2回は来るわけじゃないですか。そうすると会話が生まれて、なんとなく関係もできてくる。一人ひとりのこどもがの顔を見ながら、その子がどんな本が好きかな、どんな気持ちかな、と思いながら本が手渡せるんです

 

本に囲まれて育った。

 

一般的に家庭文庫を営むのは、子育てを終えた女性、定年後の教師などが多いそうです。「ぼくみたいな若輩者で、しかも男性が主宰しているところはあまりないみたいですね」

 

では、小宮さんがこのあの文庫を立ち上げたきっかけはなんだったのでしょうか。それは、こどもの頃から本に囲まれた環境が関係しているようです。小宮さんの祖父はトルストイ文学の翻訳者の北御門二郎さん、実家は熊本で こどもの本の専門店「竹とんぼ」を経営し、現在はご両親と兄夫婦が営んでいます。

 

「ぼくが小学校1年生のときに開業して、34年目ですね。本屋で売っている同じ本を、隣に文庫を作って無料で貸すという不器用な商売をしています。家庭文庫は、僕にとって身近な存在だったんです」

 

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祖父・北御門二郎さんの翻訳本

 

幼い頃から自宅の家庭文庫に近所のこどもたちが出入りしている風景が日常だったという小宮さん。「いつか歳をとったら自分も文庫を開こう」と思うようになったのはごく自然なことでした。

 

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小宮さんが初めて編集を手がけた翻訳本
「ハーモニカのめいじん レンティル」
(国土社/2000年)

 

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小宮さんが翻訳した本のひとつ
「せかいいちおいしいスープ」(岩波書店/2010年)

 

「この」よろこびを「あの」こに。

 

小宮さんによると、このあの文庫の名前には、 「『この』よろこびを『あの』こに」という思いが込められているそうです。「こどもたちの成長を見守りながら、そのとき、その子にぴったりの本を手渡したい」と話します。

 

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表札にも「このあの文庫」

 

「こどもが読んでおもしろかったと感想を言ってくれたり、読めるグレードが上がっていったりするのを見るとうれしいですね。感想は、こちらから無理には聞きません。感想を言うために読むようになっちゃうから」

 

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本棚から子どもたちを見守る「こねこのぴっち」のぬいぐるみ

 

「家でも学校でもない場所で、親でも先生でもない近所のおじさん、おばさんとの間に関係ができるって大切なことだと思うんです。最初は親ときていたのが、友達や兄弟とくるようになった子もいてうれしいですね。親の目が届かなくても、家族にとって安心できる場になれるといいなあと思います」

 

一度始めたら続けること。

 

由さんは文庫を始める前、神戸で「鴨の子文庫」を運営する翻訳家のまさきさんにこう言われたそうです。「一度始めたらやめられない」。

続けることが大事だから無理をしないこと、楽しむこと。さらに、「面白くてやめられない」。小宮さん自身、その意味も実感しているようです。

「『このあの文庫に行こう』『あの本を借りたい』と言ってくれる子どもたちがいつでも安心して来られるように、一度始めた以上は続けたいと思っています」。

 

<次回へつづく>

 

撮影:野頭尚子 取材・文:舟之川聖子 編集:たかなしまき

 

 

 

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<DATA>

住所:東京都内

(訪問を希望する場合は、

HP「アクセス&問い合わせ」からメールを。

行き方を詳しく教えてくれる)

開館日時:毎週土曜日13:00~17:00

(夏休みや冬休みなど長期休暇あり。

HPで要確認)

入会・貸出:無料

HP:http://www7a.biglobe.ne.jp/~konoano/bunko_top.html

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